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岩田ちえ子のきもの考

私は着物を着ない。理由は、毎日走ったり、飛んだり、寝転がったり、足を組んだりしたいからだ。私は″着物を着せる事″が好きなのだ。

着物は、忙しい現代にあっては普段着にも通勤着にもなれず、かろうじて冠婚葬祭の非日常着、趣味着として格式や複雑な約束事のバリケードの中ですまし顔を決め込んでいるように見える。

私が30年心寄せてきたのは、そういう着物ではなく、大正〜昭和初期のエネルギッシュでアンビバレンスで自由な日常着だ。しかし、どんな着物姿であろうとも、街で見かけるとつい振り返り、いつまでも見てしまう。心の深い処がザワついたりするのは何だろう。忘れていた忘れ物を思い出したような、とうに逝ってしまった祖先の面影を見たような。

私達は物凄いスピードで新しいモノを受け入れてきたかわりに、何を置いてきたか、やめて来たか、失ったモノが何であるかを、きちんと覚えておかなければならない。

日本の女性は洋服より着物のほうが圧倒的に似合う。あらゆる年齢層のどんな女性でも(男性でも)「着物姿」になった途端、自分だけが持つ「艶」という美が立ち表われてくる不思議に、私は荒木さんとの撮影で幾度も遭遇している。

時空を超えて、モデルさんの、母の母の・・・母たちが一番美しかった姿を見ている気がして、能の奥儀の一端を捉えたかのような感動を覚えます。「艶」は色気でもエロスでもよいのですが、情趣や心根の優しさの方が近く、和歌の「心のつやなるに入る道」「有心」につながるのかもしれません。

着物は世界一表現面積の大きな衣裳です。そこに四季の草花や森羅万象の移ろいを描き、身に纏えば、歩く絵画となります。着物は、誰が、どんな柄の、いつの季節に、どういう処で、どう着こなし、重ね、あわせ、身のこなしを、という総合衣裳芸術でもあり、そしてその先には美の極致である、幽玄>侘び>寂びの境地が待ち受けているはずです。

ようするに着物は、自分の内面がたとえ追いついていなくとも、上へ上へと持ち上げてくれる稀な衣裳なのである。変わるのは外見ではなく「心」なのである。しかもその「心」はあくまで「やさしい」のだとすると、日本の遺伝子は素敵だ! それが次の新しい日本の→世界の価値観になる日を信じたい。

ロマン写真館では、私、岩田ちえ子の着物合わせ、写真家・首藤幹夫の撮影で、日本の女性美と日本の遺伝子が次世代へ継承されてゆくよう、末永く大切にしていただける写真を自信を持ってお届けいたします。年齢を問わず、たくさんの方々にお会い出来る事を楽しみにしております。

最後に、私を鍛えて下さった、尊敬する師である荒木経惟に感謝を込めて!

2012年4月 岩田ちえ子

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